折り鶴の少女 サダコ 感想編

13時からの1回目、16時からの2回目を観覧。アクロス福岡の1F円形ホール。
舞台を囲むように半円状に観客用の椅子が並べられている。正確には数えていないが合計90脚ぐらいだろうか。円形ホールに合わせた観客席となっている。1回目の舞台では客席の3分の2ほどが埋まり、2回目の舞台では2分の1ほどが埋まっている状態でした。
舞台としては小振りながらも、折り鶴をイメージした背景や凝った照明などで雰囲気のある舞台となっている。ステージ上手に朗読用のテーブルと椅子が1脚。ステージ下手にキーボードとフルートの演奏者席2脚が用意。朗読用の椅子には主に高田豊三さんが座り、石丸雅理さんは主として舞台中央にて朗読&演じる。S.E.席は観客後方にあり、PCにて操作。
内容については下記参照。原爆被害に遭い、原爆症を患い、生を求め、みなに見守られながらも、不本意な死に至った、ごく普通の少女の悲劇。石丸雅理さんは主として少女サダコを演じ、高田豊三さんはナレーションと少女の父親を演じる。生演奏と朗読による舞台と思っていたのだけど、脚本を演じる部分が強く、朗読劇というよりも、演出として朗読を組み込んだといった形のようでした。時間はほぼ55分。
石丸雅理さんは白のワンピースにふたつ結びといった出で立ち。少女サダコの怒り・苦しみ・惑い、喜びを表情豊かに表現していました。中でも、晴れ着に喜ぶ様子、原爆症を憎む強い目線、家族に心配させまいとする強がりが印象に残っています。そして何よりも、最後の父親とのやりとりは、強烈に舞台にひきつけられました。石丸雅理さんの丁寧な演技が随処に光っていたと思います。
生演奏もまた雰囲気をもりあげます。ピアノではなくキーボードというのが少々音質の面で残念なところではありましたが、フルートの音に畳みかけるその響きは、場面場面を力強く彩っていました。
舞台の最後、スクリーンに映された少女サダコの像。空色の折り鶴を掲げたひとりの少女に思いを馳せ、舞台は静かに幕を閉じました。涙を誘われている人も多く、様々な人の心に残る舞台となったのではないでしょうか。
参照URL

折り鶴の少女 サダコ 告知編

DVLから石丸雅理さんが出演される本公演。当日券もあるようですし、お時間のある方も是非ご観覧下さい。
以下公演情報をチラシより転記。
アクティブハカタプロデュース公演 第77回 夏休平和祈念公演
「折り鶴の少女 サダコ」
(作:たいら まさお 構成・演出:伊集院 晃生)
2008年8月6(水) 13時〜 / 16時〜 / 19時〜 (会場は公演の30分前)
アクロス福岡1F円形ホール(福岡市中央区天神1-1-1)
一般前売・当日1,500円 / 高校生以下前売・当日1,000円
時間指定・全席自由
主催・制作:アクティブハカタ
後援:福岡県、福岡県教育委員会、福岡市、福岡市教育委員会、(財)福岡市文化芸術振興財団、NPO法人FPAP、RKB毎日放送、FBS福岡放送、九州朝日放送TNCテレビ西日本TVQ九州放送

八月六日・・・
真夏の青空が一瞬にして消えた日。
「折り鶴の少女サダコ」のものがたりは、
いまの世界の人々に語り継がれています。
原爆投下から十年後の悲劇。
折り鶴に命を託した少女のものがたり。
「平和・命の尊さ・愛する心」を
やさしくそして力強く心に届けます。

朗読:高田豊三(アクティブハカタ)主な主演:TV/火曜サスペンス劇場「取調室」・「東芝日曜劇場」・「春陽だまりの街」・「不老への旅」 CM/九州電力ホームワイド福岡銀行JRA小倉競馬場 ナレーション/「タベルナの夏」・「家においでよ」・TNC「ももち報道K宣言」など、ほか多数
朗読:石丸雅理(児童劇団ほっとぽっけ・DVL)主な出演:CM/福岡県アンビシャス運動〜城タッチ!篇・ベスト電器Jフォンタイアップ・サントリー天然水阿蘇 VP/筑紫高等学校 CD/DVL「ママのニューバック☆拝啓オヤジ様!」 舞台/タップショー「steppin ou」中野ブラザーズ中野章三と共演など、ほか多数
フルート:中西久美(東京芸術大学卒業後、RKBに入社。アナウンサーを経て退社後も司会や音楽活動を両立。フルートアンサンブル・ハーモニーウィングス、コレギウム・プリエール合唱団などのメンバー。NHK文化センター講師。現在、FM福岡「ジャズサイトフクオカ」に出演中のほか、RKB「今日感テレビ」の月・木・金にレギュラー出演中。)
ピアノ:沼口公憲(NHKの情報番組やドキュメンタリー、ラジオドラマなどの音響効果に携わり、RKBラジオドラマの劇判の作曲、舞台での生演奏も行う。Branco(ブロンコ)、アンチムジカのキーボーディストとしても音楽制作を行い、CDも発売。http://oval.moo.jp)
構成・演出:伊集院晃(1991年アクティブハカタ設立。付属養成所アクティス設立。児童劇団ポットポッケ設立。劇団無限設立。無限研究所設立。ダンスパフォーマンス「DVL」設立。シニア劇団設立。上記代表。舞台出演/「創造者たち」「武蔵と四郎」「坊っちゃん」「サダコ」「緑の仲間たち」「すみれ島」「タイムカプセル」ほか多数 TV番組/RKB毎日放送制作「東芝日曜劇場」20本余り「電撃黒潮隊」「故郷忘じがたし候」ほか多数に演出部として参加 ラジオドラマ演出/RKBラジオ筑紫次郎むかし物語」「九州・沖縄むかし物語」計188本ほか多数 ラジオドキュメンタリー/RKB毎日放送制作「娘〜亜希と歩いた22年」日本放送文化大賞九州地区最優秀賞受賞。ほか多数に演出部として参加。RKB毎日放送制作「あの日あの時あの時代〜福岡フォーク物語」第34回「放送文化基金賞」ラジオ番組賞受賞)
STAFF:照明/黒江昭治 音響/サウンドワークス 制作/アクティブハカタ

佐々木禎子のものがたり
 昭和30年10月26日、ひとりの少女の死を知らせる新聞記事がでました。「十四人目、禎子さんの死。原爆症、昨秋から異常訴う」・・・戦争が終わって、10年がすぎたというのに、広島に住むこの少女は、なぜ死ななければならなかったのでしょうか・・・。(たいらまさおせんせいの「折り鶴の少女」から)
 死の直前まで白血病と闘った禎子は、命を託して折り鶴を折り続けました。原爆投下から10年後の悲劇。そこには、原爆の惨さと、平和への悲痛な祈りの物語がありました。
「鶴を千羽折ると願い事がかなうんじゃと」
「えっ ほんま?」
「うちの母ちゃんがいうとったよ」
「そんならうち、千羽折ろう」
 「生きたい、生きたい」と願って鶴を折り続けた禎子が折った鶴は、やがて千羽を越えました。
「千羽折ったのだから、神様は私の願いをかなえてくれるはず」
でも病気は悪くなるばかり。それでも禎子は折り続けました。
「千羽折ったのに神様は許して下さらなかった。だからもう千羽折るの。」
 生きることへの希望を捨てず鶴を折り続けた禎子。神を人を恨むことなく、ただ自分自身を信じ、生き抜こうとした禎子は、私たちに生きることの大切さと平和の尊さを教えてくれます。

原爆の子の像
 1955年11月、禎子さんの同級生に対し、「禎子を初め、原爆で死んだ子の霊を慰める石碑を創ろう」と、新聞で禎子の死を知った青年が提案したのがきっかけで、この像はつくられました。全国中学校長会場で禎子の死を知った青年が提案したのがきっかけで、この像はつくられました。全日本中学校長会場で禎子の同級生によるビラ配りが行われ、全国の中学校より寄付金が寄せられ、その反動が大きかったことから「広島平和をきずく児童・生徒の会」が組織され、募金活動によりたくさんの寄付金が集められたものです。
 禎子の話は、世界の子ども達をも動かしました。1995年8月6日原爆投下から50年後、アメリカはニューメキシコ州のアルバカーキ美術館に、日本の禎子の像に続いて「子どもの平和の像」が子ども達の手でたてられた。地球の形をした像の内側には、色とりどりの千羽鶴がつるされ、外側にぐるりと巻かれた帯には、こう書かれています。
This is our cry
This is oue prayer
This is the world
コレハ ボクラノ サケビデス
コレハ ワタシタチノ イノリデス
セカイニ ヘイワヲ キズクタメノ

関連リンク

20080806晴れ

今日はお休みをとって福岡出の日。家を早めに出てあっちで色々やろうとおもっていたのに、昨日休みが嬉しすぎたために飲み過ぎてしまい、起きるのはいつもの時間だわ身体が動かないわで、結局10時の高速バスに乗り込む。凄まじい晴天も、風はそれほど暑くない。平日の午前と言うこともあり高速バスもスカスカだろうなあと楽勝こいていたら、満席でスシ詰め状態。ああ、今が夏休みってこと忘れてたわ。若い兄ちゃん姉ちゃんがわんさか。バス内では本を読んで過ごす。
11時30着。まずは天神郵便局で色々振り替え。その後スタバで涼をとった後、アクロスへ。ちょっと早めについたので地下のロッテリアでまったり。時間が来たので円形ホールへ行って観覧。ああ、前にすっごいかわいい娘達がいてドキドキ。徐々に集まってくる人人。関係者が多い。舞台の雰囲気良し。生演奏があるのにS.E.もあるのにちょっと違和感。ストーリーはちょっと詰め込みすぎて主題が分散してる感じも受けたのだが、普通に涙ぐんでる人たちが沢山いたので、まあ受け取る私の問題なのでしょうね。舞台が何時で終わるのかわからなかったが、ほぼ一時間で終了。アンケートを書いてアクロスを出る。
せっかく福岡に来たのだから。。。と、祖父・曾祖母の墓を参ることに。盆は仕事だしね。行きは地下鉄で行ったのだけど、寺が地下鉄の駅と駅の間にあるため、かなりの距離を炎天下の中歩く。何年ぶりだろう。2〜3年ぶり? まずは祖父の墓のある浄土真宗本願寺派の某お寺へ。以前は迷ったものだけど、今回は意外とあっさり見つけ出す。綺麗に掃除がしてあってちょっと安心。傾いていた基礎の部分もきちんとコンクリが入れてあった。墓参りのついでに20分ほど草むしり落ち葉拾いをするともう汗ぐっちょり。ま、盆になればまた親戚縁者が掃除してくれるだろうからほどほどに。そして次ぎに近くにある曾祖母の墓を参る。こちらは曹洞宗の某お寺。こちらも難なくお墓を発見。こちらは水やりと線香だけを上げる。この暑さだから、墓石は水をかけるそばからシュワシュワ水蒸気をあげている。これでのどの渇きも言えたんじゃないかな。ついでに貝原益軒の墓にもお参り。
帰路はバスにて天神。ふと時計に目をやると15時30分。2回目の公演は見るつもりがなかったのだけど、ふとふらりと足が向いたので、当日券を買い、見ることに。2回目は1回目よりも観客が少ない。でも、あのことあのこが来てました。内容については、2回目に関してはラジオドラマ愛好家として音に注目してみることに。と、音だけだと主演2人はやっぱりちょっと厳しいな。生演奏のふたりも、1かいめに比べて細かなミスが目立っていて、ちょっと残念。それでもやっぱり全体としての出来は良いみたいで、また号泣者が続出していました。これはホント凄い。
アクロスを出るともう17時。ちょいとアクティブに寄って情報誌ゲット。ふと前を見るとNoMakeと看板が掲げてあり、あれ、目の前がそうなのかーと、今更発見。その後また天神に戻り、最近通っている定食屋さんで早めの夕食。あっさりした豚が旨い。19時前の高速バスに乗る。帰りのバスはそれほど混んでなく、ゆったりと座って読書。バス停に到着後、今日は歩き通しだったため、身体を休める意味もこめて久しぶりの温泉通いをする。久しぶりの温泉はすっごくよくて、充分リラックスできた。1時間ほどして温泉施設を出ると、花火が。隣町の花火大会が見えるらしく、色とりどりの大輪が空を舞っている。良い気分だったのでそのままベンチにかけて眺めてました。その後、日用品購入→スタバって帰宅。「今日のレポ書かなきゃな」と思いつつベットでウダウダと読書。河口慧海チベット旅行記 上」(長沢和俊白水uブックス)読了。すっごく面白くてあっという間に読んでしまったな。24時前からポツポツキーボードを打ち、これが終わったら明日からの仕事に備えてもうねるのですううぅぅ。。